イノベーションを“偶然の成功”に任せず、組織の仕組みとして回す、そのための国際規格が「ISO56001」です。本記事では、ISO56001の基礎知識や歴史的背景から、取得することで得られる、オープンイノベーションとの関連性、国内事例に至るまで解説していきます。
国際規格「ISO56001」とは何か
近年、企業の競争力を大きく左右するのは、既存事業の効率化だけではなく、新しい事業や価値を創造すること。すなわち、「イノベーション」が求められていると言い換えることもできるでしょう。
しかし、多くの企業では「新規事業が立ち上がらない」「PoCで止まってしまう」「経営層や現場がうまく連携できない」といった課題が頻発しています。その背景には、イノベーションを進めるための「仕組み」が整っていないことが大きな要因としてあります。
こうした課題に応えるために生まれたのが、国際規格 「ISO56001」 です。これは、イノベーション・マネジメントシステム(IMS:Innovation Management System)の構築・運用に関する国際的な基準を定めたもので、2024年9月に国際標準化機構(ISO)によって正式に発行されました。
ISOと聞くと品質管理(ISO9001)や環境マネジメント(ISO14001)が有名ですが、ISO56001は「組織が持続的にイノベーションを生み出すための仕組み」を世界共通の言語で規定したものです。海外では欧州を中心に導入が進み、特に製造業や公共セクターで活用が広がっています。北米ではスタートアップ支援や大企業のR&D部門が注目し、アジアでの導入も始まっています。
ISO56001が誕生した背景と狙い
ISO56001が策定された背景には、世界的な競争環境の変化があります。ITやAIをはじめとした技術革新のスピードはかつてないほど速く、既存事業に依存した経営モデルは短期間で陳腐化するリスクを抱えるようになりました。また、環境問題や社会課題の深刻化により、企業には「利益の追求」と同時に「持続可能性や社会的価値の創出」も求められています。
一方で、多くの企業は「イノベーションを起こさなければならない」と理解しつつも、その進め方が属人的で、場当たり的な施策に終わっているケースが目立ちました。特定のカリスマ経営者や研究者に依存して新規事業を進めると、短期的な成果は出ても持続性に乏しく、組織全体に根づく仕組みにはなりません。このような状況を打開するため、「イノベーションを“システム”としてマネジメントできる国際規格を作るべきだ」という議論が各国の専門家の間で高まりました。
ISO56001の狙いは、イノベーションを偶然の成果に任せるのではなく、企業が戦略的にマネジメントし、継続的に成果を出せるようにすることです。
その目的は大きく三つあります。第一に「共通言語の提供」です。各国・各企業で「イノベーション」の解釈は異なり、共創を阻害する要因となっていましたが、この規格は国際的に共有できるフレームを示します。第二に「再現性のある仕組み化」です。戦略・文化・プロセス・評価軸を明確に定めることで、偶発的ではなく継続的に成果を生み出す体制を築くことができます。第三に「信頼性の証明」です。ISO認証を受けることで、投資家やパートナーに対して「当社は体系的にイノベーションを推進している」という信頼を示すことができ、事業機会の拡大につながります。
ISO56002は“教科書”、ISO56001は“試験の基準”
ISO56001は、実は「イノベーション・マネジメント」分野における国際規格群(ISO 56000シリーズ)の一部です。このシリーズは、ガイドラインや用語集を含む複数の規格から構成されており、その中でも特に重要なのが2019年に発行された ISO 56002 です。
ISO56002は「イノベーション・マネジメントシステムの指針」を示した規格であり、企業がどのように体制を整えるべきかをガイドラインとして解説しています。

一方で、ISO56001はそれを踏まえた「要求事項」として位置づけられており、外部認証が可能な規格です。つまり、ISO56002が“教科書”だとすれば、ISO56001は“試験の基準”にあたります。両者は補完関係にあり、企業はまず56002を参照して仕組みを設計し、その成熟度を高めたうえで56001の認証取得へ進むというステップを踏むことが想定されています。

ISO56001が求める「イノベーション・マネジメント」とは
ISO56001が掲げる「イノベーション・マネジメント」の特徴は、イノベーションを偶然のひらめきに頼らず、組織的・継続的に生み出す仕組みを整える点にあります。ここでいう「イノベーション」とは単なるアイデア出しではなく、社会や市場に価値をもたらし、経済的・社会的な成果へと結実するものです。
まず重要なのは、イノベーション活動が企業戦略と一体であることです。中長期の成長ビジョンと整合性を持ち、経営戦略の一部として位置づけられなければなりません。そして経営層のリーダーシップが不可欠です。経営が本気で資源を投下し、推進する姿勢を示すことによって、現場の挑戦を支える基盤が整います。
さらに、人材と文化の側面も強調されています。イノベーションは特定の部署だけで生まれるものではなく、社員一人ひとりが自由に発想し協働できる環境が求められます。そのためには心理的安全性を確保し、多様な人材が力を発揮できる文化を育てることが不可欠です。
加えて、アイデア創出から事業化までのプロセスを体系的に管理することが求められます。透明性のあるガバナンスや評価基準を整えることで、再現性を持って成果を積み上げることが可能になります。そして最後に、社外とのパートナーシップの重視です。スタートアップ、大学、行政、顧客といった外部との共創を積極的に取り入れ、エコシステム全体を活用することが、イノベーションを加速させる条件となります。
日本企業にとって、ISO56001を取得することで得られる価値
日本企業にとってISO56001の取得は、単なる国際規格の認証以上の意味を持ちます。まず、グローバル市場における信頼性向上です。
取引先や投資家から「イノベーションを組織的に進められる企業」と認識されることで、新しいビジネスチャンスや共同研究の機会が広がります。次に、社内における変革の推進力です。ISO56001を軸に部署間の連携を強化し、社員一人ひとりが新しい挑戦に参加できる文化を醸成できます。
さらに、日本企業特有の「慎重な意思決定」や「縦割り構造」といった課題を克服し、スピード感を持った事業創出につなげる効果も期待できます。国際的に認められたフレームワークを導入することは、国内外双方に対して「変革への覚悟」を示すシグナルになるのです。
ISO56001とオープンイノベーションの関連性
ISO56001は、単なる社内体制の整備にとどまらず、オープンイノベーションを前提とした仕組みづくりを推奨しています。規格の中では、外部パートナーとの協働やエコシステム全体の活用が強調されており、スタートアップや大学、行政との連携を組織の正式なプロセスに組み込むことが求められています。
これは、日本でも注目される共創型のイノベーションと親和性が高く、企業が外部とつながりながら持続的に新しい価値を生み出していくための強力な後押しとなります。
日本企業における導入事例――OKI(沖電気工業)
国内で先駆けてISO56001を取得した企業の一つが OKI(沖電気工業) です。通信インフラやITソリューションを中心に事業を展開してきた同社は、近年、DXや社会課題解決に資する新規事業創出にも力を注いでいます。
OKIは2025年7月に、ISO56001の認証を国内で初めて取得しました(※)。背景には「既存事業に依存せず、持続的に新しい価値を生み出す仕組みが必要」という経営判断がありました。取得にあたっては、イノベーションの定義を社内で明確化し、経営戦略と結びつける形で仕組みを再構築。さらに、社員が挑戦できる文化を育み、外部パートナーとの共創体制を強化しました。
この取り組みによって、OKIは社内外に「イノベーションを本気で推進する企業」という姿勢を示すことに成功し、企業ブランドの向上にもつなげています。日本企業におけるイノベーション・マネジメントの先進事例といえるでしょう。
※OKIプレスリリース:日本初となるイノベーション・マネジメントシステムの国際規格「ISO 56001」認証を取得
まとめ
ISO56001は、企業が持続的にイノベーションを生み出すための国際規格です。誕生の背景には、技術革新の加速や社会課題の深刻化、従来型の属人的な新規事業推進の限界がありました。その狙いは、イノベーションを「偶然の産物」から「再現性ある仕組み」へと昇華させ、国際的に共通の言語として活用できるようにすることです。
ISO56002との関係をはじめ、ISOファミリーとして体系的に整備された規格群の中で、ISO56001は認証可能な「実践規格」として位置づけられています。海外では欧州・北米・アジアで導入が広がり、日本ではOKIが先駆けて取得しました。日本企業にとってISO56001は、グローバルな信頼獲得、社内変革の促進、組織文化の刷新といった多面的な価値をもたらすものです。さらに、オープンイノベーションを組織の仕組みに組み込む後押しにもなり、共創の時代を生き抜くための重要な規格といえるでしょう。
この記事の監修者

富田 直
株式会社eiicon 取締役副社長 COO・CDO
2016年、eiicon を代表中村と共に共同創業。サービス全体のマーケティング、プロモーションからWebサイト開発・デザイン~ディレクション含むモノづくり全般を担うプロダクトサイド責任者を務め、34,000社をこえる日本最大級のオープンイノベーションプラットフォーム「AUBA」、会員2万人を超える事業活性化メディア「TOMORUBA」等を設計・構築。
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