イノベーション創出には「対話」が不可欠

「議論(ディスカッション)」と「対話(ダイアログ)」

イノベーション活動には、さまざまな問いが立ちはだかります。しかし、そこに正解はありません。だからこそ、「議論」ではなく「対話」を続けて自分たちの進む道をつくっていくことが重要です。

・議論(ディスカッション)とは?
最適解を導き出すことを目的としています。普段の仕事では、ディスカッションで最適解を探り、合意形成を図ることが多いです。なんらかの正解に向かっていく会話であるため、プロセスとしては正しさを主張し合います。

・対話(ダイアログ)とは?
答えがない時に一緒に探求することを目的とします。誰も正解を持たないため、お互いを尊重し合う対等な関係性のもと行われます。そして、結論を必ずしも出す必要はなく、判断を保留しながら問いを立て続けることが可能です。

イノベーションに必要な人材開発と組織開発

イノベーションは、自分の領域を超えて新しい何かと結合していくことです。そのためには、アントレプレナーシップ(起業家精神)を備えた人材を育成する「人材開発」と、そうした人材が活躍できる組織構造やカルチャーを醸成する「組織開発」が重要となります。

これらは本来人事部門が担当する領域ですが、イノベーション創出のためには、その当事者も人事部門と手を組んで考えていくべきでしょう。

イノベーション創出に向けた「人材開発」の方法

アントレプレナーシップの醸成

アントレプレナーシップとは、失敗を恐れず新しいことに挑戦して価値を創造していく姿勢です。アントレプレナーシップを育むには、動機付けと学習を繰り返していくことが必要です。

内発的動機の重要性

動機には、外発的・内発的の2種類があります。

・外発的動機:報酬や評価など外部からの刺激。効果は短期的
・内発的動機:個人の興味、関心、自己成長などの内面的な要因。効果は長期的

イノベーションにおいては、内発的動機にもとづく自己肯定が非常に重要になります。新しい取り組みは不確実性が高く、周囲の反対意見や予算、既存業務との調整など、様々な壁が立ちはだかります。そのような時、その取り組みが本当にやりたいことであるという内発的動機が支えになります。

個人と組織の想いを重ね、内発的動機を強力にする

企業が掲げるMVV(ミッション・ビジョン・バリュー)と、個人が進みたい方向性や目指す姿に共通点があれば、個人の動機を仕事の中で強力に発揮することができます。ただ、トップが決めたMVVを浸透させるだけでは、外発的動機付けとなってしまいます。イノベーション創出には、一人ひとりのMVVを共有し、そこからその組織の共通したMVVを探求していくといいでしょう。

たとえば個人で新規事業提案をする時、発案者、支援者、決裁者など、関わる人それぞれが実現したいことを対話することで重なる部分を探っていきます。そうしたプロセスを経ることで、その動機は非常に強くなります。

イノベーション活動の具体的な打ち手

・個人ビジョンの共有とチームビジョンの探求
個人のビジョンとチームのビジョンを探求し、存在意義を確かにする方法です。仕事を通じて実現したいことや個人の夢、入社の動機などを見つめ直し、全体で共有します。そして、対話によってチームが実現したい共有ビジョンを作っていきます。

・個人の動機の探求
「ハイポイントインタビュー」(※1)や「AI(アプリシエイティブ・インクワイアリー)」(※2)といった手法を取り入れながら、個人の価値観を深堀します。

※1…二人一組で互いにインタビューを実施し、質問に答えながら自分の強みや大切にしたい価値観を発見する手法

※2…人や組織の強みに光をあて、対話を通じてありたい未来を共に描き、実現へとつなげるアプローチ手法

・ステージゲート法
新規事業開発のプロセスを複数のステージに分け、各ステージの終わりにゲートを設置して次のステージに進むかどうかを判断していく手法です。多産多死の思想に基づき、多くのアイデアを出し、その中で有望なアイデアを絞り込んでいきます。

・社内ビジネスコンテスト
社内で新規事業のアイデアを起案するビジネスコンテストを定期的に開催します。アイデアを出す場をイベント化することで、個人の想いを発案する心理障壁を下げることができます。

・○○%ルール
会社の成長に貢献できるテーマであれば、業務時間のうち何%かを好きな研究や活動に使ってもいいというルールです。個人の動機に基づく活動を業務として認め求めていく、会社と個人のMVVが合致する方法です。

イノベーション創出に向けた「組織開発」の方法

イノベーションを創出できる組織の条件

・ハード面(組織・評価基準)
  -役員が率先して新規事業を起こすリーダーになる
  -挑戦したことを評価する仕組みを整える
  -新規事業がうまくいかなかった場合の撤退ラインを明確にしておく

・ソフト面(組織風土)
  -新しいことに挑戦しようとする革新的な組織風土
  -心理的安全性
  -それぞれが強みを発揮して仕事を進める、主体性のある組織

ここで重要となるのが「対話」です。組織がありたい姿をチームのメンバーと話し合い、実現していくための関係性を保持していくことが、イノベーションを創出する組織に必要なことです。

ダニエル・キム「成功の循環モデル」で、持続的に学習・成長する組織に

組織が持続的に成果を生み出すフレームとしてよく活用されるのが、MIT組織学習センター共同創始者のダニエル・キムが提唱した「成功の循環モデル」。これは、チームのメンバー間で「関係の質」が上がれば、「思考の質」が高まり、それが「行動の質」につながって「結果の質」も向上し、さらに「関係の質」が上がるというものです。

・心理的安全性の確保
「成功の循環モデル」では、まず「関係の質」から向上させていきますが、大前提となるのが心理的安全性の確保です。素直に自分の意見を言える土壌で、対話によって想いを共有していきます。

・関係の質を高める
関係性が高まるにつれ、対話のレベルも上がっていきます。アダム・カヘンの「話合いの4つのフェーズ」によると、関係性がまだ築かれていない時点では「Talking Nice(儀礼的会話)」で、当たり障りのない会話をします。一歩関係性が進むと、「Talking Tough(論争)」となり、健全な討論を行うようになります。

さらに深く関係性ができると、「Reflective Dialogue(内省的ダイアログ)」に進み、共に探究していく状態となります。そして最終的な段階は「Generative Dialogue(生成的ダイアログ)」です。新しいものが生まれたり、他の人々の可能性を引き出したりすることができます。

・思考の質を高める
関係性の質が高まれば、思考の質も変化していきます。ここで重視すべきは、成長するための思考「GROWTH MINDSET」(キャロル・ドゥエック/スタンフォード大学 心理学教授)です。これは、能力は変化する、リスクテイクする、成長が第一といった考え方です。

ただ、自分が少しでも正解を知っていると思ってしまうと、失敗を恐れたり周囲の評価を気にしたりする「FIXED MINDSET」に傾いてしまうので注意が必要です。正解のないイノベーション創出の場では、対話の中でありたい姿を模索し、チームの思考を変えていくことになります。

・行動の質を高める
対話を重ねて関係の質を高め、思考の質が変化してくれば、慣れ親しんだ「Comfort Zone」から一歩足を踏み出し、安心して新しい挑戦や学習(Learning Zone)に飛び込んでいくことができます。

対話を通じて組織のありたい姿をつくるための具体的な方法

・チェックイン、チェックアウト
会議やワークショップの冒頭や最後に、参加者が一言ずつ今思っていることを共有する手法です。自分のタイミングで発言を行うことにより主体性が高まり、会議が活性化するという効果があります。

・組織の状態の可視化と対話
サーベイなどで自組織の状態を可視化したうえで、その結果を踏まえてチームで集まり対話していくことも、非常に有用な組織開発のアクションです。

・ワールドカフェ
対話における効果的な手法のひとつが、ワールドカフェです。これは、カフェのようなリラックスした雰囲気の中、少人数のグループでテーブルを囲んで対話を行い、さらにほかのテーブルとメンバーを入れ替えながら対話を続ける方法です。一人ひとりが主体性を持って対話でき、個人の探求とチーム学習を実現できます。

対話型イノベーション活動の4つのケース

【CASE1】長期ビジョンで目指すべき姿を決めたので、社内で具体的なアクションプランを探求したい

(トータル2時間程度)

▼チェックインにより、参加者の主体性を高める
 例)
・ひとり1分程度で、名前と、いま頭にある想いを共有する
・自分のタイミングで、ウケ狙いやリアクションは禁止
・内容は「おなかすいた」などなんでもOK

▼対話のグランドルールを周知する
 例)
・ここでは、誰でも適任者です
・傾聴しましょう、ダイアログしましょう
・リラックスして、楽しみましょう

▼ワールドカフェで対話する
3つのステップを踏むことで、ビジョンの解像度を上げ、現状を認識したうえで、具体的な打ち手を探索することができます。

例)
<ROUND1>ビジョンを実現したときの状態は?
4人程度のグループで小さなテーブルを囲み、問いを立てる。
たとえば「長期ビジョンで10年後に1000億円の新規事業創出。その時、私たちにはどんなことが起きている?」という問いに対して、ペンを持って書きながら話していきます。

<ROUND2>そのために障害になっていることは?
次の問いに移る前に、グループのメンバーを入れ替えます。そして、「ROUND1で話した状態になるために、組織や人の課題は何か」について、書き出して発展させていきます。

<ROUND3>私たちは何をすべきか?
ROUND2を踏まえ、「課題を乗り越え、10年後1000億円の新規事業を創出する組織に向け、今取り組むべきことは?」という問いについて対話します。正解を導き出すことは目的ではないため、まとめ切る必要はありません。

【CASE2】さまざまなステークホルダーと共にアイデアを探求したい

全体としては、【CASE1】と同じ設計となります。
オープンイノベーションで共創事業案を検討していくために、ワールドカフェでは以下のようなステップで探求していくと、当日初めて会った人同士でも色々なアイデアが出てくるでしょう。

例)
<ROUND1>お客さまはどんな課題を抱えているのか?
<ROUND2>お客さまの求める姿とは?
<ROUND3>私たちはお客さまに何ができるか?

【CASE3】審査の場を、提案者にとって「恐れ」の場から「共創」の場に

新規事業の審査は、提案者が恐れを抱いてしまう場です。それを、一緒にアイデアを創る場にしていきます。

例)
会議室のテーブルを変えます。よくあるコの字型では、「提案者」「決裁者」の対立構造ができてしまいます。そこで、丸テーブルを囲んで、提案者と決裁者が一緒に事業アイデアを創っていけるようにします。

【CASE4】複数の企業とコミュニティを形成し、オープンイノベーション実現のための学習の場をつくる

年間スケジュールを立て、コミュニティのメンバーでオープンイノベーションについて共に学習しながら、事業化に向けた総合力を向上させていきます。

例)
・ワールドカフェにより、オープンイノベーションを進める上での課題と打ち手を探る
・ワークショップを開催し、各社で新規事業のコンセプトを設計する
・スタートアップと接触する
・他社との共創を実現するための手法を学ぶ

まとめ

イノベーション創出において重要なのは、「正解を探す議論」ではなく、「答えのない問いを探求する対話」です。本記事では、アントレプレナーシップを育む人材開発と、それを支える組織開発の方法を解説しました。個人の内発的動機を引き出し、MVVを重ねることで、持続可能な挑戦が可能になります。

また、対話を通じて関係性を深めることで、組織の思考と行動の質が向上し、新たな挑戦が生まれる好循環が生まれます。ワールドカフェやチェックインなどの実践的手法も紹介し、イノベーションを組織に根付かせるための具体的なアクションを提示しました。対話を起点とした人と組織の変革こそが、実効性のあるイノベーションを導く鍵と言えるでしょう。

この記事の監修者

米澤 航太郎
株式会社eiicon
Consulting事業本部
Incubation Sales/Consulting 1G
Consultant

化学メーカー等で研究開発、R&D企画、経営企画業務を経験。その後ディープテックベンチャーにて事業開発に従事。石油精製、石油化学、機能性材料、半導体関連材料、カーボンニュートラル等、幅広い領域で大企業、スタートアップの両面から新規事業開発に携わる。eiicon参画後、大手企業のオープンイノベーションの企画・実行支援に従事。

https://corp.eiicon.net/archive/members-1/yonezawa

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